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豊川海軍工廠学徒動員戦没者追悼式

 本日8月7日は本校にとって特別な日です。まず、75年前の1945年を簡単に振り返ります。6月23日は沖縄戦終結の日。沖縄県の方々にとって大切であり絶対に忘れてはいけない日です。8月6日は広島に原子爆弾投下。昨日の広島県では新型コロナウィルスの影響で限られた人数での式典でしたが、安倍首相も出席での厳かな式典が行われていました。8月7日は後程お話させて頂きます。8月9日は長崎に原爆が投下された日でした。2016年8月9日の全国高校野球選手権1回戦では長崎商業高校が登場しました。地元長崎県では平和祈念式典が行われ、選手たちは原子爆弾が投下された午前11時2分から3分後の同5分、1回裏の守備を終えてベンチに戻り、円陣を組んだ際に約20秒間、黙とうをささげました。監督は試合前、選手たちに「被爆者や亡くなられた方たちのことを思い、平和をかみしめながら、野球ができる喜びを感じてプレーしよう」と声をかけたようです。その後、8月14日にポツダム宣言を受諾し、翌15日に天皇の玉音放送により戦争は終結しました。
 今年は新型コロナウィルスの影響による「新しい日常」での生活ですが、豊川高校は8月7日のできごとは後世に語り継いでいかなければなりません。1945年8月7日、午前10時13分からわずか26分間に3,256発もの500ポンド爆弾(約250キロ)が豊川海軍工廠に落とされました。豊川海軍工廠とは、1939年に日本海軍の兵器工場として現在の日本車輌・名古屋大学太陽地球環境研究所などがある穂ノ原工業団地に造営され、日本海軍の兵器生産量の70%を占め、東洋一の規模でした。この時の空襲により2,500人以上の命が奪われ、その中には本校の前身である豊川中学校生徒6名が含まれていました。現在、鳳翔閣ではこの空襲で命を落とした方々を追悼するため、生徒会、クラス代表の人たちによる献花が行われています。
 本校が8月7日のことを忘れ去るということは、広島・長崎での式典がなくなることと同じであると考えています。我々は8月7日のことを絶対に忘れることなく、平和の尊さについても考えていく必要があるのではないでしょうか。(豊川高校社会科主任 山本泰志)

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